
その個人主義・拝金主義の末路が一昨年からの金融危機と資源・食糧の獲得競争であります。「100年に一度の経済不況」と言われ、欧米のマネーゲーム化した市場主義経済では何(いず)れ破綻することを痛感しました。また経済のみを追及し環境問題を蔑(ないがし)ろにしている新興国も、何(いず)れ地球環境の悪化による資源・食糧の奪い合いに巻き込まれ、自国さえ良ければいいという考えでは今後成り立って行かないはずです。また、新型インフルエンザの世界的な流行はいかに世界の人々が地球上で流動的且つ凄まじいスピードで動いているのかをまざまざと見せつけられました。つまり世界の国、人々は互いにリンクしているのです。そして我々が住んでいる多治見も世界の中の一地域に他なりません。であるなら先ず我々自身が「地球市民」としての意識を持ちながら、まちに対する「おもいやり」の精神を涵養(かんよう)し、自然と共存しながらも発展することの出来る持続可能な社会を創っていくことこそ我々が目指していくことだと考えます。
多治見青年会議所は多治見に対して、新しい動きを投げ掛けるべき組織です。そのためには既存の考え方に、時代を先取りする思想や感性を持った新しい同志と組織を進化させなくてはなりません。多くの仲間と共に現実と謙虚に向き合い、未来への意見を持ち、互いに磨き合いながら成長する組織は理想であります。但し何時も我々はまちづくり団体として座標軸を見失ってはならないし、優先されるべきは市民意識変革運動の実現であります。組織のための組織に陥ることなく、より多くの志を同じうする青年達が変革の狼煙(のろし)を上げ、理想を描き、説得力を伴った運動を伝播していくことができれば、我々は必ずやこのまちを明るい豊かな社会へ導くことが出来ると確信します。
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戦後、政治・行政は高度経済成長を背景に画一的な国づくりを行って来ました。これは都市と地方の格差の均衡をとってきましたが、逆に地域なりの政策も消し去り、成長路線が終焉を迎えると、寧(むし)ろ硬直化した地方政治・行政を招いて来ました。まちは「市民」と市民の代表である「議会」、それを実行する「行政」の三位一体ではじめて発展があると思います。これから地方分権が加速していく中、地域なりの考えで自立した政治・行政が進んでいくと考えます。その時こそ地域の市民意識変革運動を行って来たJCの真価が試される時であります。我々は市民による市民のための行政の参加機会を創出し市民の自治意識の醸成を促進すると同時に、組織としてもまちの何が問題で、何が危機なのか、市民はどうすればいいのか、そしてJCは何をするのかということを提言に纏め、政治・行政へ届けるなど、実現に向けた直接的な行動が必要と考えます。それにはまず自分達の住むまちの政治・行政の仕組みを知り、積極的に自治体との連携を行わなければ戦略的にJC運動を施策に反映することはできません。今後論ずることだけに終わらせることなく市民・政治・行政と共創していく姿勢でJC運動を展開していくことでJCの社会的価値を高めて参ります。

気品と誇りに満ち溢れた我が国日本(にっぽん)は、古来より農耕民族として自然と向き合う生活から培われた忍耐と努力、勤勉性、地域の和からくる協調性と謙虚さ、神(しん)・仏教・儒教・武士道を生活の価値観に取り入れ、自律心や利他の精神を持つ人々が歴史や文化を重んじてきた国です。戦後我々の先人達はこの国を豊かにしたい一心で仕事に打ち込み、確かに日本は物質的に豊かになりました。しかしながら経済至上主義を礎とした発展が、伝統的な価値観を喪失させたばかりか、これまでの自虐的歴史教育が国家・社会への帰属心と公共心を希薄化させてしまった結果、地域への愛郷心が薄れ、公(おおやけ)の利益を省みない個人主義や拝金主義が様々な社会問題を生み出し、現在の閉塞感漂う社会になってしまっていると考えます。
いつの時代も明日のために今何を成すべきか、先の見えない混沌とした世の中だからこそ、1955年社会変革へ行動を興した56人の青年達が、多治見・笠原にJC運動の火を燈してから本年で55年の月日が経とうとしております。現在は一つの多治見市となり、その中心を流れる土岐川は嘗(かつ)ての陶磁器産業全盛期の「白い川」から、先輩達が産業、行政、市民を巻き込んだ環境運動へ意識を高めた結果、清流を取り戻すことができた運動の象徴として今も語り継がれています。当時の経済成長期にタブーであったこの行動に対して、現実を見極める力があったからこそ先輩方は柵(しがらみ)に囚われることなく自ら考え、意見を持ち、自らの判断で行動を起こしたと思います。それでは現代の20代30代の我々はどうでしょうか。私は我々自身がマスコミやネットなど簡単に手に入る情報に頼り切ってしまい、自ら考え判断する思考が弱って来ている様に思います。もし様々な角度から物事を適切に判断したり、真実を見極める力が衰えて社会問題への意識に鈍感になってしまったら、一体誰が多治見の将来を語り、社会変革を興して行くのでしょうか。それは我々の親でもなく、将来を担った責任世代にいる我々JCメンバーだからこそ地域の抱える問題に敏感に反応して行動に移さなくてはなりません。そして市民に対して問題意識を喚起し、当事者意識をもって行動に移して頂くことが、社会変革に繫がるというJC本来の使命に火を滾(たぎ)らせなくてはなりません。
我々が子供だった頃、蛇口を捻ればいくらでも水が飲め、日が暮れるまで公園で遊び、家に帰ると親が作ってくれた温かい夕食を何も考えずに元気に食べていた記憶が鮮明にあります。30年の月日が流れ、世界の自然・食糧は無尽蔵にあるものではなく、今あるものを皆で分け合って行かねばならない現実を子供世代から啓発しなくてはならないと考えます。出来るだけ地元の産物を地元で消費していく「地産地消」の考えや環境への教育を施(ほどこ)していく運動は、地域を深く知ることや、限られた自然環境を守る心を育むことに繫がります。子供達が単に「日本一暑いまち多治見」と言うだけでなく、このまちの子供達だからこそ、どの地域よりもまちの自然・環境を大切に思い、地域を知り、今自分に出来ることを考える力、実践することのできる力を持った子供達が溢れるまちを目指し運動を展開して参ります。そしてまちの自然・環境を知った子供達が愛郷心を持ち、成長していくことが将来の「循環型の社会」実現への一助になって行くと考えます。